2008年6月アーカイブ

6年ほど前に知り合いの方がワンちゃんを亡くされ、移動火葬ってどうなのかしら?と尋ねられたことがありました。ちょっとご高齢なため、自宅まで来てもらえるなら・・と思われたようです。そこで私が代わってネットで調べ、24時間いつでも対応というある業者さんに連絡を取ってみたのですが、折り返し電話すると言って連絡してこないし、話し方も妙に馴れ馴れしく却下!

また別の知人の方からも「来た人(業者さん)が派手なセーターを着た怪しげな人だったから断った。でもキャンセル料取られちゃった」と聞いていて、そんなこんなですっかり悪いイメージが出来上がってしまいました。

でも今年、以前保護して里親に出した子(猫)が亡くなり、プライベートでも親しい間柄の方だったので一緒にお見送りをさせていただくことになったのですが、その時の業者さんはとても誠実でそれまでのイメージが一変。ちゃんとブラックタイを身に着けたきちんとした身なりで、事前に葬儀の流れを改めて要領よく説明。静かに、でもテキパキと祭壇を運び込み、預けた写真をすぐプリントして遺影を用意。テープではあるけれど読経の時は持参した数珠で黙祷。マンションなので駐車スペースや、火葬中の時は目立たぬよう近くの公園に移動する(←事前に地図で調べてきたみたいです)等、集合住宅住まいへの配慮も完璧。良い意味で『プロに徹している』業者さんでした。

「でも、それだけ費用の方も高いのかな・・?」と思っていたところ、料金も割と良心的で納得できる金額。何より「それは別料金になっておりまして・・」と、後からごちゃごちゃ言い出さないところにとても好感が持てました。具体的な費用としては、全部(木の柩、祭壇、遺影、花、骨壺等全て含む)で約3万円でした。やがて火葬が終わりお骨上げをして、返骨の際も改めて御供えの花を用意していてくれたのも印象に残りました。また骨壺は『生分解性骨壺』いわゆるバイオ骨壺というタイプのもので、従来のものと違って時間と共に土に還っていくというものでした。
淋しさや悲しさに変わりはないけれど、この業者さんのおかげできちんとお見送りをしてあげられたと、飼い主の方も仰っていました。

移動火葬に関しては不信感を持っていましたが、業者さんによって本当にさまざまですね。
かけがえのない子を失い、それでなくても悲しみの底にいる時に、納得できないことがあったり不愉快な思いをされることだけは無いようにと願っています。

*信頼できる業者さんかどうか、確実に判断できる方法というのは残念ながらありません。ただ最初の対応で少しでも「おやっ・・?」と思われたら、避けた方が賢明かもしれません。具体的な名前を挙げるのは避けたいと思いますが、何か他の方に参考になることがあればまたお知らせくださいね。




もこもこフワフワのグレーのボール。



クンクンしてみると・・濡れたウールのセーターの匂い。

ふんわりしてて一見可愛いけど、

たくさん集まるとちょっと不気味だったりして・・(笑)。



正解は、衣替えが始まった太郎の毛♪



長毛種までは行かないけど、柔らかで毛足が長い毛に

みっちり全身を覆われている太郎。

毎年4月の中頃から収穫期に入り、梅雨頃まで大豊作が続きます。



純毛だからちゃんと防虫剤も入れて、リビングの戸棚にディスプレイしてあるのに、

我が家の来訪者は決まって「。。。何コレ?」と怪訝そうに尋ね、

その後も決まって「で、これ集めてどーする気?」と詰め寄る。



どーする気って・・セーター作るに決まってるじゃないの。

洗う→ぺしゃんこになった毛を乾かし、カービングという器具で起毛させる→

それを糸に紡ぐ→編む。



コツコツと収穫を蓄積して、

足かけ5年の壮大な<太郎猫毛100%セーター化プロジェクト>は、

今秋にも実を結びそう。



「バカじゃないの・・?」「このマニアがっ」等々、

お口が悪く発想が貧困な友人たちはほっといて、

今日もいそいそと収穫に励むあたくしなのでありました。。






年を越せば23年目を迎える、のんちゃん。


猫の年の数え方はいく通りもあってよく分からないけど、人間で言えば100歳を越えるおばあちゃん猫。


確かに耳は3年ほど前から遠くなって、もう聞こえないみたいだし、目も一時、白い膜がかかったようになって(人で言う白内障のようなもの?)心配したけれど、今は少し透明感が戻ってだいたい見えているみたい。


食欲は旺盛で、歯もまだ抜けていないのでドライフードもバリバリと元気にかみ砕き、おトイレもたまにギリギリすぎてはみ出しちゃうことはあるけど(笑)ほとんど失敗無し。


そんなまだまだお達者なのんちゃんですが、最近は夢の中にいるようです。


カゴの中でうつらうつら眠っていたかと思うと、急に宙を見ながら数分鳴き続け、またふっと眠ります。

その時の鳴き声は耳が聞こえないせいか、この小さな体からよくそんな大きな声が・・というほどの大ボリューム。

朝も日中も夜中も関係なく、一日に7〜8回こんなステージが・・。


元々はとても恐がりで、ドアチャイムや知らない人の声がすると怯えて隠れていたけど、今はもうそんな現世の怖さからは解放されたみたい。


一度だけ出産し、その時産まれた5匹の子供達と夫のごんちゃんはひと足先にみんな旅立って、妻でもお母さんでもなくなって、今は夢とうつつを行ったり来たりしながら、また赤ちゃんに還っているよう。


・・でも、ちっちゃい割には何やら不思議な迫力があるから、やっぱり猫又かしらん。尻尾の先は二つに分かれていないけど・・。


でも赤ちゃんでも猫又でも何でもいいから、できるだけ元気で居てくれたらいいな。

この冬も頑張って、いやもう頑張らなくていいから、一緒に越そうね。




<老齢猫の秘訣>
秘訣と書いてみたけれど、考えたら特にはありませんでした(苦笑)。

多分のんちゃんの長生きは、体質的なものだと思われます。


ご飯は、一日でドライフードを計量カップに1杯弱と缶詰を1缶(いずれも高齢用のもの)と、小パックのかつお節を1袋食べます。

それとたまぁに、お裾分けのマグロの刺身や貝柱の焼いたものなど。


真夏は湿度に弱いようなので除湿に少し注意し、冬場は最低温度が10度を切るようになったらアンカを入れ、軽く暖房。


その他は特に無いのですが、唯一続けているのは毎日の軽いマッサージとブラッシング。

マッサージは顔から耳を軽くモミモミして、背中から尻尾までを撫でるようにするだけ。

その後、首から体全体を100回数えてブラッシング。

正味5分程度のものですが、本人?もとても楽しみにしてるようで、適度な刺激が心地良いようです。


たまにひどい引きつけを起こし、ハラハラしますが舌を噛ませないようにし、体を静かに押さえていると1分ほどで治まります。ストレスを考え、あえてもう病院には連れて行っていません。





今はまだ半分以上休眠中だけど、以前は猫や犬を保護して里親を探すお手伝いを精力的にしていた時期があります。

手作りのポスターを何枚も作り動物病院やペットショップに掲示してもらったり、募集記事をミニコミ誌などに掲載したり、写真を大量にプリントして知り合いから知り合いへクチコミで聞いてもらったり。


ホントに体と時間を使って動き回りながら、地道にコツコツやるしかなかったのですが、ネットのおかげで里親探しもかなりラクになりました。

何より良かったのは、こうした活動が広く知られるようになったこと。

一度に多くの人に早く情報が行き渡り、猫と人の出会いの機会が増えたこと。

その分だけ、たくさんの子が新たな家族として迎え入れられ、幸せに暮らしていること(もちろん犬も含めてです)。


ただ間口が広がった一方で、ちょっとした行き違いで話がまとまらなかったり、なかには深刻なトラブルも増えてきているみたいです。

里親になる人、里親に出す人。

お互い猫や犬のことを思っているのに、感情的な部分ですれ違い結果的に可能性を潰してしまうのは何とも残念なこと。

また時には「本当にトンデモない人」もいたりするのが悲しい現実。


これから里親になろうという方、里親に出そうという方、「そんなの分かってるっ」ことも多いかもしれませんが、どうぞおさらいのつもりで。。




猫を保護した人が、ご飯などを与えた後まずするのは動物病院での健康チェック。

ケガをしてたり明らかに病気だと分かる子だけでなく、見た目は健康そうな子もとりあえずみんな病院へ連れて行きます。

何故ならこういう活動をしてる人のほとんどが、すでに何匹もの猫と暮らしているから。

無防備に家に入れて、伝染性の病気(猫エイズ、猫白血病等)やノミ、耳ダニなどが先住猫にうつらないようにするためです。


必要に応じて治療・お薬を処方してもらい、自宅あるいは一時預かりをしてくれるお家へ連れ帰りますが、その時点でも先住猫と一緒にはできません。

それは、伝染性の病気は『潜伏期間』があるためで、保護した日に感染していると血液検査をしても診断できないからです(厳密に言えば病気毎に潜伏期間は異なるのですが、大体2週間後に血液検査をすることで伝染性の病気を持っているかどうかが判断できます)。

その猶予期間中は先住猫と接触させないようにするために、その子専用のスペースやゲージ、トイレ、食器を用意。

当然のことですがその子に合ったフードや猫砂、ペットシーツ等の消耗品も必要です。

またどんなに汚れていても、仔猫や病気の子は下手にシャンプーすると体調が悪くなってしまうことがあるので、状況に応じて健康チェック後に初めて洗います。

まだ生まれたての赤ちゃん猫の場合は、4時間ごとに授乳させなければなりませんし、体を温めなければならないので季節によってはペットヒーターなども使います。

また牛乳は下痢をするので、仔猫用のミルクを与えなければなりませんが、これも結構高価です。

2週間後の血液検査の他、お腹に虫がいないか検便したり、ノミ予防をしたり、保護した時に重篤な場合は入院させたり、毎日点滴に連れて行ったり、健康な場合でもワクチン接種や、去勢・避妊手術などなど・・。

そして、健康状態を確認してから、その時点から世話と並行しながら里親探しを始めます。

こんなふうに保護主は膨大な時間と手間だけでなく、この一連にかかる費用すべて自腹を切って行っている場合がほとんどです。

できることならすべての子を家族にしてあげたいけど、住宅事情、仕事、収入、家族との関係など様々な理由でそれは不可能ですし、一時的な思いでむやみやたらに増やせば自滅する怖さも知っています。

だから、保護した子には幸せになって欲しい。

終生可愛がってくれる方に、安心して猫を託したい。

そのために、里親候補さんにはかなりプライベートな部分まで立ち入ったことをあれこれ伺います。

名前。住所。電話番号。年齢。学生なのか社会人なのか。

社会人なら収入は安定しているかどうか。

住居はペット可かどうか。ペットアレルギーではないか。

独り暮らしか、ご夫婦か、ご家族か。

独り暮らしならもしご自身が病気になった時、代わりに猫の面倒を頼める方がいるのかどうか。また、結婚のご予定はないか。

ご夫婦かご家族なら、本人以外の方の同意は得られているか。

出産のご予定はないか。・・・etc.

こうして並べると本当に・・『身元調査』のようです(苦笑)。

さらに猫を引き渡す時は、一定のお試し期間を設定し、保護主が直接里親さんのお家までお届けするのが原則。

縁組みが決まった場合は「正式譲渡書」を交わし、その後の猫の様子を時々お知らせいただくように依頼(できれば写真付きで)。

根掘り葉掘り聞かれた上に、注文も多い。

「こんなにあれこれ言われ、面倒なことばかりならもういいですっ」と怒ってしまう里親候補さんがいるのも仕方がないかもしれません。

里親候補さんの多くは善意の方です。

猫に愛情深く接してくださると信じていますし、現にたくさんの子たちがそうやって幸せに暮らしています。

ただ、中にはトンデモない人がいることもあり、悲しいことですがそういう人は少しずつ増えて来ていると感じています。


外出時にあまり広く無い歩道の向うから、軽トラなみに荷物を積んだ自転車おじさん。前のカゴにはビールケースが積まれ、重さでハンドルが取られ気味 なのを見て、すぐ車道に出たあたくし。そしたらそれに釣られたのか、おじさんも車道に出てきたので、歩道に戻ったら、またおじさんも歩道に戻り、その距離 約3メートルっ。

うぎゃぁと思って、あたくしが車道に出た途端、そのおじさんは転倒。でもってすごい形相で「あんたが悪いんだっ、あんたのせいだっ」と怒鳴られた。。

びっくりしたです。いや、その強気な因縁体質にもだけど、その人はおばさんだったんだもん。。声で気づいたわけじゃない(声もすげー低くて、喋り方 もおっさんだった)。じゃ、何で解ったかとゆーと、イノシシのよーな手に、ごついエメラルド(多分ね)やらがキンキラしてたのと、ぐっと下から睨み付けら れた時に初めてお化粧してるのに気づいたから。

あんまり驚いたので、一瞬茫然としてたら機関銃並みに罵詈雑言浴びちゃって、あたくしの戦意も消失。で、ずっとたらたら文句言われながら、崩れた荷 物を積み直すのを手伝った。荷物は、前カゴにビール1ケースと隙間用に詰めたらしいダイコンが2本。ハンドルの両側に、合計6つのスーパーの袋と自分の手 提げ。
後ろの荷台にビールがもう1ケースとその上に10キロの米袋。全部合わせたら、軽く40キロは超えてたろーな。

でもって、積み直しが終わったので、ちらっと目で挨拶して行こうと思ったら、ケースを破いて、缶ビール1個手にもたされた。お手伝いしたお駄賃か・・?

人間、驚くと怒りが引っ込むものだと、またひとつお勉強になったのでありました。。。




「愛してる、愛してない...」/2002年仏映画

最近はそーでないのもあるけど、『起承転結がない』『どこが盛り上がりなのか分からない』『結末がない』、おふらんすの映画。

だからこれも観始めてしばらくはかったるくて、また失敗したかな?と思いながら拝見していたのだけど、そこはぐっとこらえて、途中で放り出してはいけません。けっこー面白いの、これ。

ああっ、どこがどう面白いのかお伝えしたいっ。でもそれを話しちゃうと面白みがなくなっちゃうので話せない。うーん、もどかしいわ。。
でも、もしご覧になるなら<巻き戻し>が始まるまでは、絶対に観てね。そこまで行けば、後はもう大丈夫(のはず)。あと、このやや凡庸にも思える邦画タイトル「愛してる、愛してない...」が観終わると「ほぉなるほどね」と思えてきます。

普段映画やドラマを観る時はだいたい主人公に感情移入して、またそうやってのめり込むからこそ愉しいんだけど、これはひとつの現実が観る位置(登場 人物の立場・感情)によってまったく違ってくる→観てるこちら側もある時点から視点が180度変わってしまうのが、何とも面白い。

主演は「アメリ」で主演したオドレイ・トトゥ。あの映画の印象とはガラリと違うので、アメリをご覧になった方は2倍楽しめるかも。監督も若い女性で、これが初長編となるシティシア・コロンバニ。

監督のコメントにもあったのだけど、目に見えていることは氷山の一角で、その下にはおっそろしく沢山の意外なものが隠されている。事実は人の数だけ存在するのねーと、しみじみ思わされましたわ、あたくし。

去年の春に劇場公開され、いわゆるミニシアター系の映画ファンには大ウケしたみたい。でも、そういうのがあまりお好みでない方にも、十分楽しめる映画です。

出だしはどおってことない恋愛映画、んがっ途中からドキドキもののサスペンスに変わって行く。。あーん、もっと言いたいけど、言うと意外なカラクリへの驚きが半減しちゃうので、我慢しよっと。。




TBS
2004年1月2日放映
「向田邦子の恋文」
(出演/山口智子、石田ゆり子、樹木希林、岸本加世子、
    森繁久弥、岸部一徳、田畑智子他)
主題歌:一青窈の「夢なかば」

放映前の期待度:★★★★★

当時、個人的に大変お楽しみにしてたドラマっ。だってあの山口智子嬢が、あの向田邦子様をお演りになるのだもの。もう皆さばご存知とは思いますが、 向田氏が生前残した手紙をもとに、妹の和子さんが書いた同タイトルの本をドラマ化したもの。以前、この本を読んだ時、向田氏がこんな秘めた恋(不倫と言っ てしまうのには、この場合違和感がある)をしていたのに驚き、いつかドラマになるといいけど内容的に難しいかな・・と思ってもいたので、それが実現したこ とがまずうれしゅうございます。

また、普段一見ガサツだけど実はデリケート、みたいなお役が多かった山口嬢がどんなふうにこの役柄を演じられるのかと思うと、期待はどんどん膨張し てまいります。番宣でテレビ出演してたのを拝見した時は、やや印象が変わった感じだったけど、それがどんな変化なのかも是非とくと拝見しとうございます。

放映時の満足度:★★★★+半

静けさの中に激しさのある、深い余韻の残るドラマでございました。。
33歳の女性のある数カ月間の日々が淡々と描かれ、取り立てて大きな出来事が起こる訳ではないのだけど(最後の彼の自殺を除いては)、人間が生きて行くと いうのは、こういうことなのかしらん・・?と、ふと解ったような気にもなり、でも今ではこんな恋は難しいだろうなとも思ってもみたり。。

邦子の秘密の恋人・安原は、脳卒中を患い右半身が不自由で、仕事もないから収入もなく、見た目も特別ハンサムでもないし、頭には白髪が目立つ初老の 男。お金も仕事も若さもなく、おまけに別居中の妻子もいて、正直「いったいどこに惹かれたのだろう」と不思議に思う(元はカメラマンだったらしいから、邦 子は彼の良い時期も知ってるのかもしれないけど、劇中からはそんなことも感じられない)。

でも、邦子は放送作家として多忙な毎日を送りながら、毎晩のように食材を持って彼のもとに通い、食事を作り甲斐甲斐しく世話をする。徹夜で山のよう な原稿を書いて稼いでは、彼に当時としては多分高価だったであろう電気毛布などを買い、時には少しまとまったお金を渡してもいる。

ひどい言い方をすれば、安原はヒモのようでもある。・・でも、お金やモノを与えるのは一方的に邦子であっても、彼女の方もまたそれと同じくらいの 「何か」を受け取ってもいた。彼と一緒に過ごす数時間が、その後の徹夜仕事のエネルギーになり、新たな仕事への意欲にも、彼女の生き甲斐にもなっていた。 「この人がいなければ一行も書けない」という言葉は、邦子の率直な気持だったのだろう。

そして、安原の方もまた、そんな邦子が生きる支えだったのに、結局彼は自分で命を絶ってしまう。それは安原の母が言うように、忙しくなった邦子が離 れていってしまう寂しさもあったと思うけれど、それ以外にももっと複雑なものがあった気がする。彼女への嫉妬や、先行きのない自分への焦燥感。暗く閉じた 自分の部屋に彼女が持ち込む生き生きとした空気は救いでもあると同時に、自分の惨めさを思い知らされる時でもあったのではないか、と。遺書のようなものは なかったようだけど、彼が遺した日記にそんな気配はなかったのか、そんなところもできれば少し描いて欲しかった。

その点が、あたくし的には少し残念だったけど、でも全般的に奥深いドラマでございました。何かをしてもらう恋ではなく、自分がしてあげたくなる、そ うしないではいられなくなる恋。与えられることに慣れ切っている、今の女子には理解しがたいかもしれないけど(ギャバクラ嬢たちがホストにつぎ込むのと は、ちょっと違う)、恋の切なさや残酷さをじんわり味合わせていただきました。

それに、堅物で横柄な邦子の父の浮気(浮気というよりは、もっと重いものだったけど)、それに気づきつつも淡々と従順でいた母が見せたドキっとする ような一面。その浮気相手の秀子が、いかにも場末で上品とは言えないバーの女だけど、彼女にも彼女なりの哀しい過去や、今の苦しい思いがあることもうまく 描かれていて、切なくなりました(右目の傷か火傷痕を隠すために、真っ青なアイシャドーをしているのが痛々しく、女。。)。

また、それぞれの状況(父も娘も道ならぬ恋をしてる)がわかっても、直接的にお互いに相手の領域に踏み込まない邦子と父の関係も「大人の家族」という雰囲気で、印象的でした。

邦子を演じた山口智子さまは、民放ドラマは7年半ぶりということで、やや風貌に月日は感じたけれど(でも足首はキリリと締まってたわ)、変に若作り していないのも好ましゅうございました。リアルなラブシーンはなかったけど、とても色っぽく、ふとした表情にいろんな感情が読み取れて、ブランクを感じさ せないのはさすがでした。

急な連絡の時の電報や、「好き」もハートマークもない恋文、コンビニなどない時代の食べることの手間ひま、家族総出でするお正月準備・・などなど、不便そうで慎ましやかだけど、どこかほっとするような日常の風景も好きでした。

やたら賑やかしいお正月番組の中で、静かに真珠のように光る趣きのある世界。

良いものを見せていただきましたです。。




フジテレビ
2005年5月6日放送
山田太一ドラマスペシャル「やがて来る日のために」


多分あたくしには苦手なドラマだと思い、ほんのちょっとサワリだけ見るつもりだったのに、見始めたら止まらなくなった。で、すごく良かった。

何が苦手って、手遅れの末期患者とか、訪問看護婦とか、生と死の感動とか、どれもがけっこー苦手なあたくし。いや、正確に言えば、そういうモチーフ ではなく、『そこで繰り広げられるであろう、泣かせることを目的としたドラマ』が嫌い。泣かせてやろうって魂胆が、ものすんごく嫌い。

でも、これは違ってた。淡々としててベタついてない分、余計にジワジワとやられちゃってました。。

訪問看護専門のステーションの責任者であり、自らも訪問看護師として働く美代を演じるのは市原悦子様(そー、「家政婦は見た」シリーズでお馴染みの)。
美代は、死を間近にし自宅療養をする患者たちの家を回り、必要なケアを行っている。患者への肉体的看護はもちろん、患者やその家族のメンタルな部分にも気を配る。なだめたりすかしたり、だけど、自分から出しゃばり過ぎたりはしない。
・・と言うとすごく「できた人」みたいだけど、定年後、家で気楽にゴロゴロしてる夫にイラつき「私はもう幾らも生きられない人たちを、毎日毎日相手にしてるのよっ!」とキレたりもする、そんな人。

彼女が回る患者達には、当然だけどいろんな人がいる。高齢者もいれば中年の女性、若い女の子もいて、そのどのエピソードもしみじみと考えさせられる ものばかりだった。本当にどれも良かったのだけど、上野樹里ちゃん演じる18歳の恵美が死期を悟って、最後に横浜に行きたいと言う話はとても切なかった。

だって、彼女が横浜で行きたかったのは、特別な場所ではなく以前通った学校やコンビニや駅なんだもん。元気だった頃の『普通の日常』を見ておきたいという、本当に何でもない、ささやかなささやかな我が儘。それが叶った数日後、結局恵美は息を引き取る。

たくさんの死を見てきた美代にも、若い恵美の死はまたさらに辛いけど、葬儀で空っぽになったような彼女に帰る早々、別の患者が危ないと連絡が入る。ふにゃふにゃの自分を立て直して、その患者の元に出向いていく美代。。

死をただ重く悲しいものにするのではなく、かといって軽んじるのでもなく、当事者や家族、それを見守る訪問看護師の『そのままの気持や日常』が伝わってきて、何だかヘンだけど、悲しいよりもホッとしたようなふんわりとした気持になった。不思議な後味のドラマだった。。

もし再放送があれば、ぜひ見て欲しいな。。







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ごぶさたしております。







太郎のその後をお伝えしたのが、2002年の初夏。

その時「たろたろ雑記として、時々書きます」なんて言っておきながら、そこからさらに丸5年経過して、今は2007年。

んまっ・・とんでもねー嘘つき女です(赤面)。








ムーディーでしょ? やっぱ、ハコ入り。




12年目を迎えた太郎は今も元気に、すくすくと(?)育っています。

人間で言えば50代の立派なオジサンなのに、精神は未だに「お子ちゃま」状態。

相変わらず好奇心旺盛で遊び好き。

ベランダに来る鳥を見てはヒゲをぷるぷるさせながら「あにゃにゃ・・」と呟き、夜中には独り大運動会を開催。

何か荷物が届けば真っ先にチェックし、ヒマだとこちらの状況お構いなしに「かまって!遊んで!」とやってきます。



そんな太郎に「大人としての自覚が足りない・・」とぼやきつつ、

つい要求されるがままに動いてしまう・・情けないチチとハハです。。







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不思議二景A不思議二景B




ただ、あれから太郎は大きな病気などもなく健やかに過ごしていますが、この5年の間に我が家の先輩猫たちは次々と旅立って行きました。

保護猫や預かり猫なども含めると、一時は二桁だったのに、今は22年目を迎えるのんちゃん(♀)との2匹だけになりました。





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トロとタロ。




いつかはお別れがやってくると頭では分かっていても、いざそういう時を迎えると・・やっぱり全然ダメで、ホントによく泣いた5年間でもありました。



そんなこれまでの事、今の事などを徒然に、今度はちゃんと?書いていけたらいいなと思っています。





ホントに書けよなあ・・。
 ということで、これからもよろしくねん。




どーも。です。
すっかり、おとなの顔?


太郎のその後はいかがですか?と、 メールもいただいていたのに、梨のつぶてでゴメンナサイ。

太郎は今満六歳と3カ月弱、体重7.6キロと 文字通りすくすくすくすくと育ちました。

持病のFVRは、あの1996年の12月以降も少しだけ ぶり返したりしましたが、大事には至らずほぼ順調に育ちました。

身体はこんなに大きくなったものの、表情はまだ子供っぽく それ以上に精神はあの時よりも「お子ちゃま」状態です。



私がマックの前にいると、ずかずかと膝に乗りかけるのですが もはや私の膝よりも大きくなっているので、 ずり落ちながらも未練がましく膝と膝の間に頭だけ乗せて まん丸目で「なぜ乗せてくれないの?」と見上げています。



あれからの太郎の変化やわかったこと...



<毛が長く、もこもこふさふさになったこと>

写真では分かりづらいのですが、とにかく毛足が長く柔らかく毛量が多い。

お腹なんて毛割れ状態。

写真では分かりづらいのですが、とにかく毛足が長く柔らかく毛量が多い。

お腹なんて毛割れ状態。





あに、見てるの?

おなかの毛割れです
短いあんよ、のばすモジャモジャ。モコモコ。


<大のカニずきと判明>

普段食べ物に執着しないのに、カニの時だけは大騒ぎ。いつもダンナが剥かされ、最初に食べる。



<雷恐怖症>

ゴロゴロと少しでも聞こえると、まず「うー」と唸りながら、しっぽを下げ、そそくさと秘密基地へ。通り過ぎてもしばらく戻らない。



<寝言多し>

「わおーん」と大声が聞こえてきて、何事かと行ってみると、クカーっと爆睡中。

あわわ、というのも多い。



<ちゅるちゅる>

何かを吸っているわけではなく、プラスチックのプレートや新しい雑誌など、とにかくつるつるしたものがあると、肉球ですりすりする。手でその感触を楽しんでる感じ。





我思う、故に、我あり。

我思う。腹、減った。
手が上手に仕舞えないカメ寝


<枕好き>

頭が大きいせいか、寝るとき使えそうなものは何でも枕にする。お座りしている時でも、疲れるのかリビングの座卓の上に顎をのせて休憩することもある。





おててのゴムにグリグリグリグリ

ふー。食った食った。
ふせ寝まくら寝

などなど、挙げるとキリがありませんが、これから少しずつ たろたろ雑記でご紹介していこうと思っています。

夏の風物詩「壁沿い腹見せ寝」や「お返事上手」などは、小さい頃のままです。

でも彼の変化は6年経った今もとどまることなく、「何だ?これ?」という、日々新たな発見を私たちにもたらせてくれています。

どうぞ、今後はたろたろ雑記でご一緒に楽しんでください。

2002年:初夏 (捨て猫太郎のすくすく日記:1996年5月〜12月




そりゃ、カニは好きだけどさー。
猫をおもちゃにすんなよなあ。

手術をしてから2日後から、太郎は一気に完全回復。

ちょっと心配していた精神的ショックもないようで、一安心。

猫によっては手術をしたあと、すごく落ち込む子もいるので心配だったのだが...。



太郎は自分の身に何が起こったのか、わかっていないのかもしれない。

うちの猫たちは全員去勢・避妊の手術をしてるのだが、手術後、太郎みたいにもどしたりしたような記憶がない。

割とみんなあっけらかんとしていて、だから今回術後の太郎が心配だったのだが、とにもかくにも元気になってよかった。

元気になってくれたのはうれしいけど、大暴れにもまた一層磨きのかかった感のある太郎。

特に爪研ぎは場所を決めず家の中そこら中をひっかいて歩くので、ダンナに頼んで主要の場所に爪研ぎガードを作ってもらった。



とはいってもそういう既製品が売ってるわけではなく、日曜大工コーナーでふすまの角に使うようなパーツを買ってきて家のあちこちにつけてもらった。

そろそろ大掃除もしなくてはいけないのだが、家の広さを考えずに、次々とモノを買うダンナ。

すっかりキャパオーバーって感じで、どうやって片付けようかと頭が痛い。

みんな、どうやってお片付けしてますか。




がオー。腹減ったー。
ガツガツガツガツガツ・・・・

昨日あれからは割と落ち着いて眠ってくれた。

家に戻ってから3〜4度吐いたのも、眠ってからはなく、ほとんど目を覚まさずに朝まで一緒に寝ていた。

昨日はほとんど声も出ていなかったのに、私が起きて顔を洗っていると洗面所まで割としっかりした足取りでついてきて、「おなかが空いた」と言いに来る。

そのまま自分の食卓がある台所へ私を誘導するように歩き、ごはんごはんの催促。

大好きなカルカンの缶詰とカリカリをやると、すごい勢いでぺろりと平らげ、もっともっととおかわりコール。

ふーっ。元気回復です。



おかわり分もほぼ全部食べ、満足したのかぺろぺろと身繕いをし、お眠りかごに移動してさらに念入りにグルーミングしてくるんと丸くなってまた眠った。

3時間おきぐらいにこれを繰り返し、いつもはその間に大暴れタイムが入るのだけど、さすがにまだその元気はないのか今日は一日こんな状態だった。

ぐっしょり濡れていた目のまわりの毛も乾き、顔も少しいつもの表情が戻ってきた。

昨日は手術したのを後悔してた私。

それは太郎自身が何らかの精神的ショックを受けたのでは、と思っていたからなんだけど、この分ならすぐに元の太郎に戻ってくれるだろう。

きっとそうだと、思いたい。


「手術」

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悲しいの?眠いの?
にゃ、にゃんか、悲しい・・・。

今日は太郎の手術の日。

先生から水もごはんも食べさせないようにと 言われているので、昨日の夜ふたつとも片付けて眠った。

でもいつもおなかが空いて目覚める太郎。

今朝も私を5時半に起こしにきたが、ごはんはもらえない。



こんなことは初めてなので、9時ごろまで「ニャオン、ニャオン」と をついて回り、時々ぱっちり目を見開いて私の顔を見つめ、「どうして?どうしてごはんくれないの?」と、体全身で訴える。

手術は午後1時からで、太郎は12時前までに連れていくことになっている。

ごはん欲しい攻撃が激しいのでそれまでどうしようと思っていたのだが、9時過ぎから、諦めたのか怒ったのか、お眠りかごですねたように眠ってしまった。



意地悪でごはんをあげないんじゃないよ、と体をなでるとカプッと指を噛まれた。

今は夜の8時半。

あれから病院へ行き、簡単な検診のあと、鎮静剤を打つので顔の方をだっこしててくださいと言われ、太郎はしがみつくようにして嫌がりながら注射を打たれた。

太郎はそのまま、またキャリーバッグに戻された。

1時から手術し、その後様子をみるので、5時過ぎぐらいに迎えにくるように言われ病院から私は一旦家に戻った。

でも何となく心がザワザワして、つい時計ばかり気になってほとんど何もできないまま、5時に少しドキドキしながら迎えにいった。



太郎はまだモウロウとしていたけど、私だとわかると前足をこちらにかけてこようとする。

目の回りは涙でぐしょぐしょ。

一生懸命胸のところへこようとするが、まだふらふらでそうこうしてるうちに診察台の上で半分横たわったまま、おしっこをしていた。

先生から、今日はご飯も水も取っていないので点滴をしていること。

今日はまだもどしてしまうので、ご飯も水も与えないこと。

傷口が化膿しないように、明日から朝晩抗生物質を飲ませること。

などなど伺ったたが、私は生気のない太郎にちょっとショックであまりちゃんと聞いていなかったかもしれない。



先生が「見ますか?取ったもの?」といわれたが、耳ダニの時などと違って今日はその気にならず、お断りして早々に家に連れ帰った。

家に戻ってキャリーバッグから出すと、ふらふらのまま家の中を歩き回り、ところどころで緑がかった黄色の液体をもどす。

じっとさせようとしてもバタンバタン倒れながら歩き回り、そしていつもの自分のご飯の場所にいってご飯を欲しがる。



今日は駄目なんだよ、今日はゆっくり休まなければ駄目なんだよといいながら、眠りかごにいれるがすぐに出てきてしまう。

いつもすぐ隣では眠ったりするが、ひざの上では絶対に寝ないので、どうしようかと思いながらひざに乗せると、やっと少し安心したのかそのまま眠った。

でも何か少し変わった音がしたり、私が少し動くとすぐに頭をもたげる。

そしてひざから下りたかと思うと、エプロンの中にもぐりこんできた。

そうやって小1時間ぐらい眠った後で晩ご飯の支度のためダンナと交代してもらった。



ご自慢の毛も少しパサつき、どんよりしていつもとまったく違う顔つきをしてる太郎。

少し後悔しながら、心配しながら、今日はこのままリビングで太郎と夜を明かすことにする。




んー。なんてゆったらいいのか。。
こうやって座るのもたまにはいいにゃ。

今日太郎を久しぶりに病院に連れていった。

最後に病院に行ったのは、確か二回目のワクチンの注射の時だから、もう4ヵ月半ぶりぐらいだろうか。

先生に最近の状況を話し、手術のことを相談する。

じゃあ、ちょっと見てみましょうかと言われ、太郎をキャリーバッグから体重計付きの診察台の上に出したら、先生に「うわっ、5.3キロ...、大きくなりましたねぇ、 お宅は何か栄養が良過ぎるんでしょうか」と言われてしまった。



うん...、確かに、毎日見てるとそれほど感じないが、約8ヵ月で5.3キロというのは、確かに大きい。大き過ぎる。

鼻水や目やになどFVR(太郎の持病)の様子などをたずねながら、診察してくれた先生は、手術できますね、ということだった。



手術は来週の月曜日に決まり、注意事項などいろいろ伺う。

家に戻ってからは、久々の病院行きで疲れたのか、自分のお眠りかごでくるんと丸くなってこんこんと眠り続けていた。 いろいろな思いが頭をよぎるけど、ううんと首を振って、手術の日にそばにいてやれるように、とりあえず仕事を進めておこうと、頭を切り替えた。




じっ・・・。
突撃体制!準備完了!!

うーん、やっぱり太郎は初めての発情期にさしかかったようだ。

ダンナに太郎と他の猫たちに気をつけてと言ってあったのに、太郎をひとりで猫部屋に入れたので、大げんかとなってしまった。

両耳、前足の付け根、わき腹をひどく噛まれ、特に前足の付け根は深く噛まれたようで血もたくさん出てる。

今までも時々噛まれたり引っかかれたりはしてたのだけど、今の傷はその比ではなく、かなりひどい。



でもこの4〜5日確かに反応が変ではあったのだけど、それでも太郎は猫部屋に行きたがり、その度に小さな傷をこさえていた。

でもさすがに今日は太郎自身も驚いたというか、ショックを受けたみたい。

私が猫部屋に行くと一緒については来るが、ドアの前でそーっと様子を伺い、 までのように部屋に入ってこようとしない。

私がいるとさすがにベンゾウもガンゾウも手出しはしないが、じーっとにらみ合っている。

大げんかの後は、リビングのクッションのところでずっと静かに眠っている太郎。



でもよく見ると、薄めを開けて、何だかしょんぼりしてるようにも見える。

そんな太郎を見てて、ダンナと明日は病院へ連れていこうと決めた。




こりゃ、ないっすよー。。
にゃんですか?にゃ、にゃにか?


昨日おとといあたりから、どうも他の猫たちの太郎への反応がおかしい。

ガンゾウやノンだけはいつも通りなのだけど、変な鳴き声をあげて、太郎を威嚇する。

特にブンゾウ、ベンゾウ、メロンがすごい。 太郎が猫部屋へ遊びにいくと、今日もまた鼻の頭にひっかき傷を作って帰ってきた。



こちらから見てる分にはどこも変わっていないようだけど、もしかしたら少し発情期になりかかっているんだろうか。

ちょっと今仕事が忙しいので、来週になったら病院で手術の相談をしよう。




ちょっと小寒いにゃー。
にゃんか、面白いことにゃいかにゃあ。


今日、久しぶりに太郎の体重を測ったら、何と...、5キロもあった...。

いや正確には5、2キロ弱。知らなかった。 道理でこの間他の猫たちと撮った写真を見た時に、ガンゾウやブンゾウともう変わらないなぁと、思ったはずだ。

でもその時も写り方のせいかな、って思ってた。

甘かった。



この体重のせいだけじゃないけれど、もうそろそろ本当に去勢の手術をしなくちゃいけない。

秋になった頃からダンナにも友達にも「いつ連れていくの?」と言われてる。

そのたびに「うん、もう連れていく」と返事をして、結局ずるずると引き伸ばしてきた私。



そりゃわかってる、わかってるよ。

ちゃんとしますよ。



でも図体は大きくなったけど、まだまだ子供っぽい太郎を見てると、もうちょっといいかな、もうちょっとって、つい思ってしまうんだもん、しょうがないじゃない。

これは内緒なんだけど、心の中では『一度ぐらい、そういうこと経験させてやりたい』って思いと、『太郎の赤ちゃん、見てみたいな』って気持ちがある、ナイショだけど。

できれば去勢手術も避妊手術もさせたくはない。

でも現実的にそれは無理だってことも、よーくよーくわかってる。

人間にとって都合のいいことは、猫たちにとってとても不自然なこと。

でも市街地の集合住宅の、限られた狭い場所に住んでいる以上、やっぱりこれ以上何匹も増やすことはできない。

勝手な勝手な飼う側の都合だけど、考えれば矛盾がいっぱいだけど、もう、覚悟を決めて病院へ連れていこうと思う。

いつかボロボロでいいから、田舎の庭がある広い場所に住めるようになったら、好きなだけ猫と暮らしたらいい、とダンナはいいます。

それをちゃんと形にできるよう、無駄づかいをやめてお金を大切にしようと、今日あらためて思います。




くーーーーーっ。
にゃ、にゃんだよ〜、うるさいなー

太郎は呼ぶと必ず「ナァーオ?」と返事を返す。

こちらが調子に乗って何度も呼び返すと、3、4度目ぐらいは無視されるが、いつもきちんとおすわりをして、こちらを見ながらお返事をしてくれる。

そしてそれは眠っている時も変わらない。

ぐっすり眠りこけている太郎の耳元で、ささやくようなひそひそ声で「たろ、たろ」と声をかけると、目を閉じて半分眠ったまま「ニャ、ア、ア、ア、ア」と答える。

その時のお返事は必ず、ビブラートがかってて、口やほっぺがぷるぷる震える。



それがあまり面白いので、これまた調子に乗って何度か呼ぶと、3度目か4度目にいきなりパチッと目を開いて、「るっせーな、何だよお」と言う(正確には多分そう言ってる)。



ダンナと私が、それぞれちょっと席をたった時に太郎が眠っていると、ついこれをしてしまうので、彼はそのたびにビブラート返事をする。 ...彼も、あれでなかなか大変なのである。




ちょっと大人っぽくなったかな?
ちょっと、ぼわわ〜ん

わが家は風通しがやたらに良い。

だから夏は比較的涼しくて過ごしやすいのだけど、冬はとてもとても寒い。

しんしんと冷えてくる。



そこで10月の終わり頃に、ダンナ、私それぞれ専用のひざ掛けが登場するのだが、はっきりいって私のひざ掛けの方が、毛足が長くてふわふわしてて暖かい。

材質的には私のがアクリル100%で、ダンナのはウール100%。ダンナの方のが質的には良いのだけど、でも使い心地は私の方が良い。



今はやたらに資料を広げまくってする仕事をしているので、私は仕事部屋ではなくリビングの大きな机でこのひざ掛けをかけて仕事をしている。

ある日、私が少し席を離れていて戻ってみると、太郎がこのひざ掛けの上で、何やらごそごそとうごめいている。

「?」と思って覗くと、太郎はそこで『ふみふみ』をしていた。



猫と暮らしたことのない人はわからないと思うので、このふみふみをちょっとご説明すると、両前足をぐぐっと広げてきゅっきゅっと交互にその足を動かす動作をいう。

目は閉じて、ゆっくりゆっくり足を広げたり閉じたりしながらうっとりとその動作を繰り返すのだ。



これは赤ちゃんの時にお母さん猫の母乳を飲む時の動作からくるらしいのだが、もう本当に夢見心地というか、幸せそうにふみふみをする。

この動作は比較的まだ小さい時によくするのだが、これまで太郎はまったくしなかった。

このひざ掛けとの出会いによって、初めて太郎はふみふみをしたというわけです。



その日以来、ハイテンション・壊れたおもちゃ状態で悪さをしながら暴れ回っている時でも、ポンとそのひざ掛けの上に太郎を置くと、急にごろにゃん状態でふみふみをする。

悪童不良猫から、一足飛びに赤ちゃん猫に戻る。

これはスヌーピーのライナスの毛布ならぬ、たろたろの魔法の毛布です。




足もでかくなりました

顔はすっかりぼわわんです
たろ足たろ鼻

今日は11月11日。 前回から、何と三か月半もたっているではありませんか。

ふー、本当にごめんなさいです。

あれから、ガンゾウくんの調子がすごく悪くなって、ひどい時は1日おきに病院へ点滴を打ちにいったりしてて、大変だったのですが、今はみんな元気で落ち着いています。

太郎もすっかり大きくなって、もう他の7匹と全然変わりません。 最近は時々、「ナァーオ、ナァーオ」と、発情期っぽい鳴き方をするので、もうそろそろ、モロッコへ手術につれていこうかな、というところです。

ガンゾウくんの病気、結局今考えると何が原因だったかはっきりわからないのですが、とにかくまったくごはんを食べなくなってしまい、動けない状態になってしまいました。

病院で血液検査や尿検査などをいろいろしてもらい、その時の結果では、特に臓器とか、血液に異常はなかったのだけど、とにかく、まったくひとくちもご飯を食べないのです。

食べなくなると、脂肪が肝臓に集まって肝機能を侵したり、また脱水症状を起こしたり、とにかくとても危険なのであの手この手で、いろいろな食べ物をいろいろなやり方で食べさせようとしたのですが、結局食べてくれない。

そのために点滴を打ったりしていたのですが、点滴ではやはり最低限の維持しかできないため、何とか食べ物を摂らせるために、一時はおなかにチューブを通して流動食をそこから入れるということも検討しました。

でも、そういうのは、うまく言えないけれど「生き物として、ちょっと違う」というか、何となく抵抗があって、とにかく無理やり口に食べ物をいれるという方法で2か月ぐらい続けました。



でもこれも、本当に耐えられないぐらい、辛いことで。

無理やり口をこじ開けられて食べ物を入れられるガンゾウも、体を抱え込んで口を開けさせるだんなも、口にねじこむ係の私も、みんなとてもしんどかった。

食事は、レバーペーストっぽい特別療養食を少しお湯でゆるめたものを、小さなスプーンですくって、くちの奥に入れるのですが、その臭いがまずすごくて、閉 口したこと。 そして、口にいれると吐き出そうとして、頭をふるので、それがだんなや私にかかって、床にも飛び散ってやり終えると、もうガンゾウもだんなも私も、何だか ドロドロって感じで。

とにかく、すごくストレスがかかる。



もしかしたら、ガンゾウは二度と自主的にごはんを食べないんじゃないだろうか、と思ったこともあったのですが、ある日、どうせ食べないだろうと思いながらも、ご飯をめの前に持っていったらほんの一口だけだったけど、ぺろと自分で食べたのです。

それが10月の初旬ごろだったでしょうか。

それからすこしづつ元気になって、食はすごく細くなったし、ちょっとでも自分の嫌いな臭いがすると食べないこともあるけど、今ではちゃんと自分で食べられるようになり、猫部屋からベランダづたいに、リビングの方へ遊びにくるぐらいになりました。



なんだかんだと、いろいろあった3か月半ですが、猫たちは元気、だんなと私もまずまず元気という初冬であります。




んー。あたまいたそー。
別に悩み事があるわけじゃあにゃいのよん。


朝起きてからオームかごをのぞいたら、チョビのおでこの毛がすり切れて少し赤くなっていた。

丈夫にできているかごの金属の網にガンガン頭を打ちつけるからだろう。

はげちょびん、チョビ。

ポテの方は目があったり、外から帰ってただいまというと、キャンッと鳴くぐらいだが、小ギャル、チョビはやたらにうるさい。

今や、チョビと名前では呼ばれずにわがまま女とうちでは呼ばれている。

昼夜関係なく、かごをがちゃがちゃ言わせているので、少々私の方も疲れ気味である。

それにおふとんがわりの布がガーゼでできていて、すぐに糸を引っ張り出すので気が気ではない。



以前、5月の末ごろだっただろうか。 夜12時近くにコガワ嬢から、チョビが糸を指に巻きつけて指がぽんぽんに腫れているが、どうやってもそれが取れないと慌てた様子で電話があった。

プレーリードッグの指はとても細く、それにまだチョビは小さいのでよけいに取りにくいのだ。

結局以前うちの猫たちも行ったことのある、動物の夜間救急病院へ行き、指の先っぽの方は取れてしまったが何とか元気になった。



野生がまだ強く残っているのか、その指も今は半分ぐらい生えかけてきているが、そのこともあって細い糸が指に絡まっているとドキッとする。

でもどんな動物でも病院代は、やはり相当高い。

夜中も診てくれる救急病院ということもあるが、うちの猫の時はタクシー代も含めて、 1回で5万5千円ほどかかってしまった。

普通の昼間の病院の時でも1回2〜3万はかかってしまうことが多い(でも、山下動物病院はとても良心的だけど)。

病気もケガも何もないことがいちばんだが、もしもの時に病院へ連れていってやることができないのなら、動物を飼うべきではない。

彼らと暮らすには、お金も手間もしっかりかかるのだから。

大きくなっちゃったからとか、病気になったからとか、そんな理由で動物を捨てたりする人というのは、私が思ってた以上にとても多い。

そういうのを見聞きすると、腹が立って、落ち込む。

うっ、最近何だかついマジになってしまう私。ちょっと恥ずかしいかも...。

でも、そんなこんなで動物病院に来ている動物を見ると、良かったね、いいご主人だね、といいたくなってしまう。

ポテもチョビもシアワセものです。




ん?なんかあるぞ。
しょんぼりしてるわけでは、ない。なにかを見つけたのだ。


アビシニアンのこと、少しだけ、新しいことがわかった。

昨日ペットショップに電話したら、いつものあの怖い店員さんとは別の人が出たので、あの子は売れたのかを聞いてみた。

そうしたら売れたのではなく、別の仲介業者の方へ移ったという。

私が最初は飼える予定ではなかったのだが、何とか飼えるようになったので、その連絡先をおしえてほしいと頼むと、もううちの手を離れてしまったので、ということだった。

あの女の子に悪いかなと思いながらも、処分されたわけではないのですね、と聞いたら、一瞬電話の向こうでぎょっとした感じだったが、別の業者に移ったのは確かであること、でもそれがどこかとか、その後のことはその人ではわからないということだった。

アルバイトの女の子のことも聞いてみたが、もしかしたらもうこのままやめるかもしれないということだった。

でもやめるにしてももう一度こちらに来るとは思うということだったので、うちの電話番号を伝え連絡してもらうように頼んで電話を切った。



結局、わからないままと言えばそうなのだけれど、少なくとも処分されたということではなかったので、少しだけほっとする。

でも月末まであと1週間。

何とか早くあの女の子と連絡が取れるのを待つばかりである。




おおきなお腹でおおあくび

ドスコイ!ドスコイ
どっせーい。ポテちゃん。オスモウしよ

結局、今日もアビシニアンの行方はわからなかった。

何度か電話をしてみたものの、あの女の子の名前も知らなかった私、不審がられながら彼女の名前はわかったものの、連絡先を教えてほしいといったら教えられませんと電話を切られてしまった。

昨日来ていたのが私だとわかってしまったみたい。

それに普通、連絡先なんておしえないのが普通だし。

だんなは売れたんじゃないのか、と言う。

私もそうであればいちばんいいし、うれしいけれど、お店の反応を考えるとやっぱりうつうつとしてしまう。

喉まで出かかっていたけれど、お店の人に処分されたのですか?と聞く勇気はなかった。



でも、このまま、ただ考えていても始まらないので、明日電話でもう一度聞いてみよう。

あの女の子がいてくれたらいいのだけど。



ポテ、チョビ、太郎の三角関係は絶好調。

この間からそれほど日が経っていないからぼんやりとでも覚えているのだろうか。

でも、チョビはひとり、ただひたすらにうるさい。

ずっとかごの出入り口のあたりをがちゃがちゃ、がちゃがちゃとひっかいている。

ひと遊びしたポテはすっかりいい子で眠っているのに。 ずっと外に出しておけばいいのだが、この子たち太郎以上に何でも噛むのでそばでつきっきりで見ていないといけない。

それに部屋中がトイレになってしまうので、午前中と午後とそれぞれ1時間ぐらい出してやるのが精一杯。

今はちょっと弱っている私、十分かまってやれないけど許してね。




お外に出たいなあ
あ〜ん、だれか遊びに来にゃいかにゃあ



最近、あの45匹の猫のことも含め、他にも気の滅入ることが少し続いて、ちょっと化石状態だった私。

そこに、今日もうひとつ追い討ちがかかってしまった。



もう1ヵ月近く前だろうか。

仕事の打ち合わせに外に出た時に、あるペットショップをのぞいた。

猫じゃらしがボロボロになったので新しいのを買うつもりで入ったのだが、そこにアビシニアンの猫が売られていた。

その時はただガラス越しに、かわいいなぁと見ていただけだったが、またその2週間ほど後に、そのお店の近くにいて「あの子はどうなったかなぁ」と思いついて見にいった。

最初に見た時も、もう子猫とは言えないぐらいの大きさだったが、さらにひとまわり大きくなって、そのアビシニアンの猫はいた。



ガラス越しに「ああ、まだいたねぇ」とその猫に話しかけていたら、アルバイト風の女の子が、いやに熱心に私に買わないかと勧めてくる。

もううちには8匹いてとても無理だと言うと、そうですか...といいながら「この子、今月中に売れないと処分されちゃうかもしれないんです」と言う。

ショブン?処分? ペット業界のことはよく知らないが、普通売れ残ってしまった子は繁殖家のところへ戻されるか、それとも子供を生ませる用にどこかで飼われるのだろうと漠然と思っていた。

でもその女の子によると、まぁまぁの血統書付きの子はそうらしいのだが、純血種といえない子は子猫のうちに買われず、ある程度大きくなっても引き取り手がないと、そういうケースもあるというのだ。

それを聞いた時は、頭の中がぐるぐる回って、半分逃げ出すように帰ってきてしまったのだが、やっぱりとても気になってその後何回か見に行った。

売れていますように、売れていますようにと思いながら、お店が近づいてくるとドキドキしながら行ったのだが、アビシニアンはいた。

このままだと...、それにもうあまり時間がない...。

うつうつと考えていたのだが、3日前に思いきってだんなに「もう1匹、だめかな」といってみた。



げっ、といいながら、呆れたように顔を見返されたが、そのアビシニアンのことを話したら、「うーん、まったくもう、困った人だなぁ」といいながらも、そうしたいのならいいよ、という返事をもらい、今日意を決して、銀行でお金をおろして、そのペットショップへ行った。

でも、いなかった。



いつもいた一番隅の下のゲージをのぞき、そのほかのゲージも全部見たのだがいない。

ああ、売れたのかなと思い、いつものアルバイトの女の子を捜したのだが、今日に限って彼女もいない。 おそるおそる他の店員の人に聞いてみたのだが、何か書類みたいなものを見たまま「ああ、あの子はもういませんよ」と言われた。

売れたんですか?と聞くと、その時やっとこっちを見て、うるさそうに「だから、うちにはもういないんです」といって奥に入っていってしまった。

今日は22日。まだ月末じゃない。

売れたか、誰かに引き取られたのなら...と思いながらも、気持ちの中でどんどん不安も広がっていってしまう。

うちへ戻ってきてからも、ずっとそのことが頭から離れず、ぼーっとしていたが、コガワ嬢がまた明日から出張で、今夜からポテとチョビがくることになっていたのでオームかごを出して組み立てていたら、太郎が寄ってきて「何?なに?」とじゃれついてきた。

太郎を抱っこして、ポテとチョビが来るよ、でもね、今日は太郎のガールフレンドもくるはずだったんだよと話していたら、ぽろぽろと涙が出てきてしまった。



だめ、だめ、だめ、だめだよね。こんなんじゃ。

明日とりあえず、あのアルバイトの女の子に何とか連絡をつけて確かめてみよう。

ねっ、たろたろ。


73日目「混乱」

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